言語種別 | 日本語 |
発行・発表の年月 | 1997/12 |
形態種別 | その他 |
標題 | 戦後思想の失われた環――継承されるべきゆたかな可能性が
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執筆形態 | 単著 |
掲載誌名 | 『週刊読書人』 |
巻・号・頁 | (2213) |
概要 | 本書評は、経済哲学者・左右田喜一郎の薫陶を受けた哲学者・本多謙三の戦前の論文集『現象学と弁証法』を論評したものである。具体的には、第1部:フッサールからフォイエルバッハへの歩み、第2部:西田哲学と三木哲学への批判、第3部:唯物弁証法と実践の探求から構成される本多の仕事は、梯明秀や鈴木亨の仕事にも連なる実存からの弁証法の探求であり、かつE.フッサールやH.マルクーゼ、J-P.サルトルの哲学、とりわけM.メルロ=ポンティの現象学的存在論と深く共鳴しあっているとの観点から、その今日的意義を批評したものである。 (4面) |
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